
仏法を聞いても景色は変わらないがものの見方が変わってくる
新しい年が始まりました。私も心機一転して頑張っていこうと思います。
日本の年末年始というのは本当に不思議なものだと思いながら見ていることがあります。
12月25日はクリスマス。イエスキリストの誕生日を祝い、みんなでパーティをします。
それから一週間もしないうちに、大晦日。お寺へ行って除夜の鐘をつきます。
除夜の鐘をついたと思ったら、その足で神社へ初詣。
ほんの何日かの間に、キリスト教、仏教、神道を梯子してお参りし、手を合わしています。
さらに広く見てみると、生まれたときには神社へお宮参りをし、結婚式は教会で賛美歌を歌い、死んだらお寺でお経をあげてもらいます。
ここまでいろいろな宗教に関わっておきながら、「私は無宗教です」という人がとても多いような気がします。
一見すると異様かもしれませんが、他の宗教を排除せずに受け入れる日本のすばらしい寛容な心であって、これこそ日本人の宗教観なのではないでしょうか。
さて、このようにしていろいろなところで手を合わせ、祈りを捧げている私たちですが、祈ることで何が変わるのでしょうか。
例えば「世界が平和でありますように」と願ったところで、戦争がなくなるわけではありません。では、それは意味の無い行為なのでしょうか。
祈りや信仰で変わるのは、自分自身の心です。祈ることで自分が変わり、自分が変わるから周りが変わる、周りが変わるから世界が変わる。
これこそ、本当の祈りの効果なのです。
一生懸命にお寺にお参りし仏法を聞いて、変わるのは周りではなく自分自身です。
自分が変わってものの見方が変えていくことから始めていきましょう。
供養なら、和歌山かんどり本山「総持寺」へ
和歌山市に位置するかんどり本山総持寺は、「いつでもお参りができるお寺」として、心の通う供養を大切にしています。ご先祖様や故人を偲ぶ場所は、いつでも気軽に訪れられる場所であってほしい。そんな願いを形にしたのが当山です。
特に近年ニーズが高まるお納骨や永代供養についても、安心して任せていただけます。永代にわたる供養と管理を通じて、ご遺族様の負担を軽減し、「近いからいつでも会いに行ける」という安心感を提供します。
ご供養は、故人への感謝を捧げ、自分自身の心も清める大切な行いです。ご家族の未来を見据えた供養をご検討の方は、歴史と安らぎに満ちたかんどり本山総持寺へ、ぜひご相談ください。



