高き屋にのぼりてみれば煙立つ民のかまどはにぎわいにけり

高き屋にのぼりてみれば煙立つ民のかまどはにぎわいにけり

先日、大阪の堺市へ用事に出かけたときのこと、空いた時間が合ったので、仁徳天皇陵古墳へとお参りに行ってきました。

仁徳天皇陵古墳は、大山古墳ともいわれ、エジプトのクフ王のピラミッド、中国の秦の始皇帝陵とならぶ三大墳墓のひとつにかぞえられます。

周遍にもたくさんの古墳があり、それらとあわせて「百舌鳥・古市古墳群」として令和元年にユネスコ世界遺産に登録されました。

墳丘は全長約486メートル、幅約307メートル、高さ約35.8メートルの壮大なスケールをほこります。そしてそれを囲むように三重の濠が巡らされています。一日最大2000人がはたらき、15年以上かけて作られたと言われています。

上から見れば前方後円墳といわれる日本独自の形をしていますが、スケールがあまりにも大きく、また現在は木でおおわれているので、現地に行ってもその形状は全くわかりません。

仁徳天皇陵古墳はお墓であるということもあり、宮内庁が管理をしていますが、濠の外には拝所があるのでお参りをすることができます。あまり近くには行けないように柵が設置されていますが、立派な鳥居が建てられています。

拝所の前まで行くと、自然と背筋が伸びて身の引き締まる思いがしました。

周りから見ていると、そこにはただ丘があるようにしか見えませんでした。しかし、拝所から見たときは、とてつもなく立派なお墓に見えたのです。その昔、ここまで大きな墓を作る程に活躍された天皇陛下に対する畏敬の念が、心の底から沸き起こってきたような、そんな思いがしました。

そして、静かにてを合わせて、お参りをさせて頂きました。

仁徳天皇は4世紀ごろの方ですが、年代については諸説あるそうです。「古事記」では83歳、「日本書紀」では143歳で崩御されたと伝えられています。どちらにせよ、当時としてはたいそう長生きされたという事がうかがえます。

仁徳天皇にはおもしろいエピソードが残っています。

在位中のある時に、高い山に登って人々の暮らしを見渡したところ、ご飯を炊く煙が上がっていない家を見つけました。実はこの地域には水が少なく、災害や飢饉で食べるものも十分に手に入らないのでした。

そこで、3年間の税を免除しました。そして自分は、人々の暮らしが豊かになるまで食事も衣服も倹約し、宮殿の修理も行わなかったのです。

これが功を奏して人々は豊かさを取り戻すようになりました。しかし仁徳天皇は引き続き税の免除を続けたといいます。

住んでいる宮殿が荒れていても自分は豊かであると言い、衣が新調できなくなりましたが、人々が豊かになっているのを見てたいそう喜んだといいます。

そして、高台に登って町を見回したとき、あちらこちらからご飯を炊く煙が上がっているのを見て、歌を詠まれました。

「高き屋にのぼりて見れば煙たつ民のかまどはにぎわいにけり」

この話から、人々のしあわせは天皇のしあわせであるという考えが、現在にまで伝わっているとされています。

尊い心が見て取れると同時に、今上天皇も同じような思いでお過ごしだと思うと、本当にありがたい思いでいっぱいになります。

自分の生活よりも他人を優先することは、並大抵のことではありません。仏教でも、「利他」といって他者のために力を尽すことが教えられていますが、凡夫の私にはなかなかできることではありません。

仁徳天皇の物語から私が学ぶのは、他者に尽すことよりも、私のことを思って尽してくださっている人がいるということです。

私が今、安心して過ごしていくことができるのは、私のために身を粉にして働いている人がいるということを忘れてはいけないと、つくづく思います。

供養なら、和歌山かんどり本山「総持寺」へ

和歌山市に位置するかんどり本山総持寺は、「いつでもお参りができるお寺」として、心の通う供養を大切にしています。ご先祖様や故人を偲ぶ場所は、いつでも気軽に訪れられる場所であってほしい。そんな願いを形にしたのが当山です。

特に近年ニーズが高まるお納骨永代供養についても、安心して任せていただけます。永代にわたる供養と管理を通じて、ご遺族様の負担を軽減し、「近いからいつでも会いに行ける」という安心感を提供します。

ご供養は、故人への感謝を捧げ、自分自身の心も清める大切な行いです。ご家族の未来を見据えた供養をご検討の方は、歴史と安らぎに満ちたかんどり本山総持寺へ、ぜひご相談ください。