「つむぐ」阪神淡路大震災に思いをよせて
平成7年1月17日午前5時46分、兵庫県の明石海峡を震源とした巨大地震が発生しました。マグニチュード7.3、最大震度7、6434人が犠牲となり、未だに3人が行方不明となっています。
和歌山でも震度4を観測しました。当時私は小学一年生だったと思います。突然の揺れに起されて、なにごとかと状況がまったく飲み込めませんでした。同じようにして起きた両親に、布団の中に入って隠れていなさいと促されたにも関わらず、微動だにせずまったく動くことができなかったことを、今でもよく覚えています。
それが私のはじめての地震体験でした。次の日テレビを付けると、どこもかしこも地震のニュースで、神戸の町が大惨事になっている様子が映し出されています。子どもの私が、これがどれほどの大災害かを理解するのは、それからまだまだしばらくしてからでありました。
それから今年で31年になります。
各地で追悼の式典が開催されました。神戸市では追悼式典「1・17のつどい」が開かれ、午前7時時点で約1万1000人が参加したといわれています。地震発生時刻の午前5時46分に合わせ、全員で黙とうし、灯籠に火がともされました。
数千本の灯籠で、文字が作られます。今年は「つむぐ」という文字が選ばれました。震災を直接知らない世代が増える中で、追悼の思いを胸にきざみ、震災の記憶と教訓をこれからの社会へつなぐ決意を表現したそうです。
「つむぐ」という言葉は、綿や繭の繊維を撚り合わせて糸にしていくことをいうそうです。転じて、物事や思いを伝えていったり、繋いでいくことを「つむぐ」と表現するようになったといわれています。
改めて見てみますと、とても味わいのある言葉だと思います。
意味合い的には似ていますが、「つなぐ」と「つむぐ」では、少しニュアンスが違うように思います。
「つなぐ」は点から点へと結んで一本にしていくこと。「つむぐ」はもっと広いイメージで、繋がれた線を1つにまとめていくような感じではないでしょうか。
過去から現在、そして未来へとつないでいくだけでなく、全ての人が心をひとつにして思いを馳せるところに、「つむぐ」という言葉の奥深さを感じるのです。
中島みゆきさんの「糸」という歌に、とても美しい歌詞があります。
縦の糸はあなた 横の糸は私 織りなす布は いつか誰かを 暖めうるかもしれない
縦の糸はあなた 横の糸は私 織りなす布は いつか誰かの 傷をかばうかもしれない
縦の糸はあなた 横の糸は私 逢うべき糸に 出逢えることを 人は仕合せと呼びます
人と人との関わり合いが、人を喜ばせ、人を助けるのです。そして、人と人との関わり合いそのものが「しあわせ」なのであります。
私もあなたも一緒になって、ひとつになって、よりよい未来へとつむいでいくことができればいいなと思うのであります。
心よりご冥福をお祈りするとともに、みなさまのしあわせを心から願っております。
供養なら、和歌山かんどり本山総持寺へ
先に亡くなってしまった方々の気持に思いを馳せたとき、生きている私たちに何ができるでしょうか。それは、亡くなられた方々を供養して、その命の重みを忘れないことではないでしょうか。
「供養」とは、このいただいた命への感謝であり、ご先祖様や故人様への思いやりや報恩の心を形にする行いです。
和歌山市に位置するかんどり本山総持寺は、「いつでもお参りができるお寺」として、心の通う供養を大切にしています。仏さまやご先祖さま、故人を偲ぶ場所は、いつでも気軽に訪れられる場所であってほしい。そんな願いを形にしたのが当山です。
特に近年ニーズが高まるお納骨や永代供養についても、安心して任せていただけます。永代にわたる供養と管理を通じて、ご遺族様の負担を軽減し、「近いからいつでも会いに行ける」という安心感を提供します。
ご供養は、命をいただいて今を生きていることに感謝をし、自分自身の心も清める大切な行いです。しあわせな未来を生きていくために、ご供養は、歴史と安らぎに満ちたかんどり本山総持寺へ、ぜひご相談ください。


