諸行無常を味わう

流れる水はとどまることを知りません。常に変わり続ける「無常」を感じさせます。写真:ぱくたそ

諸行無常を感じる

ある日のことです。その日は朝から雨が降っていました。地面をたたきつける雨粒の音が不思議と心地よく感じます。

お寺の近くにある川は、どこからか流れてきた水がバシャバシャと音を立てて流れていきます。時には速く、時には遅く、時には波紋を広げる水の様子に、しばらく見とれてしまいました。

ゆく川の流れは絶えずして

しかももとの水にはあらず

鴨長明「方丈記」

という言葉もあるように、水の流れには見ているだけで味わい深いものを感じます。

 

仏教には「諸行無常」という教えがあります。
ものごとのすべては移ろい変わり、常に同じ状態には無いということです。水が一瞬たりとも同じ状態を保っていることなく、姿形を変えて流れ続けるように、世のものごとは一瞬のうちに変化し続けます。

お釈迦様は、この世の一切は苦しみであると言いました。
私たちが苦しみを感じるきっかけの一つが「諸行無常」です。病気になりたくないのに病気になり、年をとりたくないのに年を取り、死にたくないのに死んでいかなければいけません。しかも、その悲しみは突然やってきます。

そしてこれをもう少し掘り下げていくと、苦しみの原因は「無明」という、世の道理を知らない無智のせいだといいます。

人間は年を取り死んでいく身であることはみんなが知っていることです。
それにも関わらず、なぜ私たちは悲しむのでしょうか?
「諸行無常」という言葉は有名でほとんどの人が知っているにも関わらず、なぜ苦しむのでしょうか?

その原因が「無明」なのです。私たちの心は煩悩の渦に巻き込まれ、理解したつもりになっているだけなのです。

 

水を見ながらそんなことを思い、無常を感じていたところ、ふと誰かに聞いた言葉を思い出しました。

苦しいのがわかるのは 生きている証だ

年を取ってしんどいことも、死んでいくことが怖いことも、すべては生きているからできることです。

そして「無常」であることを悲観ばかりして見る必要もありません。
肉体は滅んでいくが心はいつまでも向上していくことができる、それもまた「無常」であるのです。

ブッダの言葉

ブッダの言葉である『ダンマパダ』から紹介します。

「一切の形成されたものは無常である」(諸行無常)と

明らかな知慧をもって観るときに、

ひとは苦しみから遠ざかり離れる。

これこそ人が清らかになる道である。

『ダンマパダ』より ブッダの真理のことば・感興のことば (岩波文庫)

「諸行無常」は仏教の中でも最も根本的な教えです。

世の中は何一つとして常なるものはない、ということに気がつけば、悲しみ苦しみをうまく乗り越えることができるのではないでしょうか。