ぬいぐるみが心の支えとなる

ぬいぐるみが心の支えとなる。写真はイメージ

ぬいぐるみが心の支えとなる

以前、ある女性のお話を聞きました。

その女性は、両親との三人暮らしで、経済的にはそれほど貧しいというわけではありませんでしたが、両親との関係がちょっと複雑だったそうです。

父親は大酒飲みで、仕事から帰ってきたらすぐに酒を飲み出す。酒を飲んで酔っ払ったら、すぐに暴力をふるう。彼女は何度も父親に殴られたそうです。

母親のほうは父親といれかわるようにして夜に仕事に行きます。

学校から帰った時には母親は仕事に行っているので、あまり顔をあわすことはありませんでした。

夜はいつも父親と二人きりだったといいます。

また学校に行っても、周りとの関係はよくありませんでした。

上履きを隠されたり、教科書を汚されたり、机の上に落書きをされたり、同級生からは無視をされたり陰口をたたかれたり、そんないやがらせをうけたりもしました。

毎日がそんな様子だったので、学校には行きたくなかった。けれども、家にもいたくはなかった。

毎日苦しくて、自分の部屋に引きこもり、刃物を手首に当てたこともあるそうであります。

家にも学校にも、どこにも居場所がないと感じていた彼女が、唯一の救いとなったのが、テディベアであります。

これは、彼女が幼い頃にお母さんにおねだりして初めて買ってもらったものだそうで、大人になった今でも大切に持っているそうです。

彼女は苦しいときには、いつもこれに話しかけていました。

学校でこんなことがあった、こんな嫌なことがあった、つらかった、苦しかった。こうやって話しかけることで、心が軽くなったと言います。

とてもつらい子どもの頃を送ったのだと思います。聞いていて私も心が痛くなりました。

当時にひとつ、疑問に思ったことがありました。

ぬいぐるみに話しかけても、何もいってくれないじゃないか。アドバイスもくれないし、それどころか返事ひとつしてくれない。なにがよかったのだろうかと不思議に思ったのであります。

話を聞いておりますと、何も言ってこないことがよかったんだと言いました。

親に話しても、あなたのことを思ってしてるんだとか言われるし、先生に話してもどうにかすると言って何もしてくれないし、だれかに話しても一緒に頑張ろうとか言われるし、環境が違うのに私の気持ちなんか本当にわかってくれるはずがないし、頑張ることすら苦しいのです。

みんないろんな意見を言ってくれます。中には、あなたは恵まれてるんだという人もいたそうです。

家に帰れば父親も母親もいるじゃないか。父親が殴るのも、母親が私のことを見てくれないのも、全部あなたに対する愛情なんだ。

つらいかもしれないけど学校に行けるのは、それだけで幸せなことなんだ。

親のいない子もいるし、学校に行けない子もいるし、世界を見たら食べるものもない子や戦争で苦しんでいる子がたくさんいる。そんな子と比べたら、あなたは恵まれているんだ。

いまは苦しいかも知れないけど、いつか必ず報われるときが来るから。この苦しみはあなたの力になるから。

いろいろ言われるけど、そうじゃないのです。その苦しみは彼女だけのものです。彼女にとって励ましのことばなんて何一ついらないのです。

それらの言葉が、彼女を更に苦しめたのであります。

彼女は、ただ話を聞いてそれを受け止めてくれればそれでよかったんだと言いました。

熊のぬいぐるみなら、何も言わない。手を引っ張って前に進むことも言わないし、背中を押すこともない。

ただそこにいるだけだけども、それがよかった。

何も言わずに私のすべてを受け止めて、いつも一緒に寄り添ってくれた、それだけでよかったのだと言いました。

それが唯一の救いになったのだと言ったのであります。

これを聞いて私は、阿弥陀仏と同じだと思いました。

自分の力ではどうすることもできない私でありますが、そんな私にいつも寄り添ってくれているのが阿弥陀仏であります。

阿弥陀仏は私達に、何かすることを要求することはしません。

修行ができたら救うとか、頑張ったら救うとか、そういうことは言わないのです。

頑張ることができない私を、無条件で救ってくれるのが阿弥陀仏であります。

どうにもならない私を、この身このまま救ってくださるわけであります。

西山上人は「励むも喜ばし、正行増進の故に。励まざるも喜ばし、正因円満の故に」と残されています。

一生懸命に励むことも、励むことができなくても、どちらもそこには仏の功徳が満ちあふれているのであります。

何も言わず、寄り添ってくれるものがあるというのは、それだけで心強いのであります。

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