ペイフォワード「恩送り」
「ペイフォワード」ということばがあります。
直訳すれば「先に払う」という意味になりますが、ある人から受けた親切を、また別の人に新しい親切でつないでいくことをいいます。
すべての人が「ペイフォワード」の精神をもって接することができれば、受けた親切が周りの人へとつぎつぎに連鎖的に広がり、お互いに思いやりをもちながら優しい関係性を築いていくことができると考えられています。
この「ペイフォワード」は、あることばに日本語訳されて、近年話題になっております。
それは「恩送り」です。
いただいた親切をその人に返すのが「恩返し」
対して、いただいた恩をその人ではなく、また別の人に振り向けて行っていくことが「恩送り」です。
恩送りをすることが、よりよい人間関係を作り、ひいてはすばらしい社会を作っていくことになるといわれているのであります。
実際、これはいろんな形であちこちで実践されています。
アメリカのあるレストランでは、壁に貼られたチケットを使って無料で食事ができるといいます。
じつはこのチケットというのは、前に来たお客さんがお金を払って用意してくれたものなのです。
食べることに困っている人は、前に来た誰かが買ってくれたチケットを使って、食事をすることができるのです。
また、カフェでは、自分のコーヒー代を支払うときに、後ろに並んでいる人の分も一緒に払ったり、あるいは支払いの困難な人の分の料金も一緒に払うということをすることがあるようです。
しかもそれは、100年以上も前からイタリアのナポリで始まったことで、今なおその習慣が続いているところがあるそうです。
少し前には、マクドナルドのドライブスルーで、ある人が後ろの人の分もと代金を支払うと、次に次にとそれが連鎖していき、閉店まで連続して167人が後ろの人のために代金を支払ったというニュースもありました。
日本でも例外ではありません。
先日テレビで、ある食堂の活動が放送されていました。
そこでは、あとから来る誰かのためにチケットを購入し、そのチケットを使って別の人が食事をするという取り組みが行われているというのです。
アメリカのレストランで行われている「ペイフォワード」と同じことが、日本でも行われているのであります。
永観堂禅林寺90世である中西玄禮上人は、「恩」についてよくお話をされておりました。
恩には大きく三つあります。
「知恩」「感恩」「報恩」
知恩は、恩を知ること。たくさんの人に助けられ、支えられているということを知りなさいということです。
感恩は、恩を感じること。知るだけではなく、しっかり心の底で恩を感じ取りなさいということです。
人間はみんなに助けられ、支えられて生きているということは、だれもが知っていることです。
しかし、知識として知るだけではなく、心で感じ取ることが大切なのであります。
そして報恩。恩に報いるということで、助けられ支えられている喜びやありがたさを、行動に表しなさいということであります。
中西上人は、これ報恩をさらに二つに分けて説明しておられます。
「恩返し」と「恩送り」であります。
恩返しは、いただいた恩をその人に返すこと。
恩送りは、いただいた恩を、その人ではなくてまた別の人に振り向けて行動すること。
そして、いつもこの恩送りを大切にするようにと話しておられました。
「親孝行したいときに親はなし」
ということばがあります。
親にいただいた恩は返したくてもなかなか返せないということが多いと思います。
それを、子どもや孫、あるいは友達や周りの人に送っていくことが大切なのであります。
そしてこれは、親孝行に限った話ではありません。
いただいた恩を返したくても、その人が目の前にいないと言うことの方が多いのではないでしょうか。
以前、仕事で東京へ行ったときのことであります。
私にとって、都会の交通網はあまりにも複雑で、東京駅で迷子になってしまいました。
スマホと駅の看板とを交互に見ながら、あたりをうろうろしておりましたところ、それを見かねたのか、一人の男性が声をかけて来てくれました。
私は行きたいところを説明すると、自分も同じ方向だからと、ご丁寧にホームまで案内してくださったのであります。
道すがら、その方と少し話をさせていただいたのでありますが、そのときにこのように言われました。
「私も昔旅行に行ったとき、駅で迷って困ったことがありました。
そのとき、見知らぬ人に声をかけていただき助けてもらいました。
急いでいたので、本当に助かったのです。
でもその人とは、そのときだけの出会いなので、ありがとうとお礼を言うことしかできません。
じゃあ今度は、自分が困っている人を助けてあげようと思って、困っている人を見かけたら声だけはかけてあげるようにしているのです」
ありがたいことであります。
こうしたきっかけが、私を迷子から解放してくださったのです。
その方とはそれきりで、出会うことはありません。
恩返しをしたくても、相手がいないのです。
では私にはなにができるでしょうか?
この恩を、周りの人に振り向けていくほかないのであります。
恩を送り、次に次にとつなげていくことで、よりよい人間社会を築いていくことができるのでありましょう。