山のあなたの空遠く

総持寺本堂の屋根越しに望む空

山のあなたの空遠く

カール・ブッセというドイツの詩人がおられます。

この方の詩で「山のあなた」という詩があります。

この詩は、日本の詩人である上田敏さんが翻訳し、訳詩集の「海潮音」に収録されました。

学校の教科書にも掲載され、多くの人に詠まれている詩であります。

また、落語家の二代目桂枝雀さんや三代目三遊亭円歌さんも、落語の題材としてこの詩を使われました。

山のあなたの 空遠く

「幸」(さいわい)住むと 人のいふ

噫(ああ)われひとと 尋(と)めゆきて

涙さしぐみ かへりきぬ

山のあなたの なほ遠く

「幸」住むと 人のいふ

「山のあなた」カール・ブッセ 訳:上田敏

山の向こうに「幸せ」があると人々が言うので、大切な人と一緒に探しに行きました。しかし、見つからなかったので涙ぐみながら帰ってきたのです。それでもなお、山の向こうに「幸せ」があるのだと、人々は言うのです。

このような意味であります。

七五調に整えられたこの詩は、とても聞きやすく、聞いてて心地がよく、とても味わいのある詩であります。

同時に、少し切ない詩でもあります。

この詩の中で幸せを求めて旅をした人は、一体どれほどの山を越えたのでしょうか。

涙さしぐみ帰ってきたということは、もう限界というくらいの距離を進んだことでありましょう。

そうして帰ってきても、まだ山の向こうにあるんだと、人々から言われるのです。

まるで、お前の努力が足りないからだという、世の中の厳しさを突きつけられているようにさえ思うのであります。

「阿弥陀経」の中には

「これより西方、十万億の仏土を過ぎて世界あり。名づけて極楽という。その土に仏ありて阿弥陀と号す。今現に世にましまして説法す。」

とあります。そして

「彼の土を何が故に名づけて極楽と為すや。其の国の衆生はもろもろの苦あることなく、但だ諸の楽のみを受く、故に極楽と名づく。」

と説かれています。

西の方へ向かって十万億の仏国土を過ぎたところに極楽浄土があり、そこには阿弥陀仏という仏がおり、その世界では苦しみを受けることがなく、ただ楽のみを受けるというのです。

西のあなたの空遠く、阿弥陀仏住むと人は言う

そのような具合であります。

ところがありがたいことに、涙さしぐみ帰ってきた人はいないのであります。

阿弥陀仏には、四十八願という誓いがあり、その中で「もし我れ仏を得たらんに、十方の衆生、菩提心を発し、諸もろの功徳を修し、至心に発願して、我が国に生ぜんと欲せんに、寿終の時に臨んで、たとえ大衆とともに囲繞せられて、その人の前に現ぜずんば、正覚をとらじ。」と誓っています。

この願の成就によって、私たちが浄土に往生する時は、必ず阿弥陀仏が迎えに来てくれて、迷うことなく連れて行ってくださるのです。

阿弥陀仏の来迎に預かり、生まれがたき浄土に往生することは、まさに悦びの中の悦びであります。

しかし、それでは、「幸せ」あるいは「楽」というものは、死後にしかないのでしょうか。

西山上人は、往生には「当得往生」と「即便往生」があるといいます。

当得往生は、まさに命終わるとき、阿弥陀仏の来迎によって極楽浄土に生まれることです。

即便往生は、この世に生きながらの往生のことです。

お釈迦様の教えによって、阿弥陀仏の絶対他力の救済を理解し、その悦びに目覚めたとき、即便往生というのです。

苦しみであるこの娑婆の世界にも、阿弥陀仏の救いの力が働いています。

食事をすることも、息をすることも、生活することにおいて何一つ自分の力ではできないのが私たち凡夫であります。

そんな私たちが、阿弥陀仏の力によって生かされているということに気がついたとき、その悦びはまるで極楽浄土に往生したときのような安らかな心持ちでありましょう。

西山上人の歌に

「生きて身をはちすの上に宿さずば念仏もうす甲斐やなからん」

とあるように、生きながらに仏の蓮の上に生まれ、救いの中にあると考えるのであります。

「山のあなた」を題材にした、桂枝雀さんの落語「山のあなた」では、旅をしている主人公が、立ち寄ったお茶屋のおばあさんとの会話が展開されます。

この旅人は「幸」が山のあなたの空遠くにあると聞いて、探し求めてやって来ました。しかしなかなか見つからず、帰ろうかどうしようかと考えていたのであります。

そんなときに出会った、お茶屋おばあさん。実は「幸」を見つけたことがあるというのであります。

どこにあるのか、どんなんだったかと聞く旅人に、おばあさんは一生懸命に話をするのですが、そのふたりの掛け合いがおもしろおかしく、見る人を笑いに誘います。

そして、最後のオチでおばあさんが言い放ったひと言が、私の胸を突き刺しました。

「山のあなたの空遠くから見れば、あなたのおられるところが、山のあなたの空遠くです」

笑いが一気に、感動へと変わったのでありました。

「幸」は、身近なところにあったのであります。

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