西山上人は、書物の中で
「合掌ハ安禅ノ異名なり。心ヲ鎮メン為ニ身ヲ束ネテ助縁トスルナリ。」
と残されています。
安禅とは禅宗などでいうところの坐禅のことです。
仏さまに向かって手を合わせることは、心を落ち着かせて坐禅することと同じことと理解しているのであります。
坐禅というと、姿勢を整え、呼吸を整え、そして心を整えます。
荒波のように激しくあれた心を、座ることによって鎮めていくのであります。
合掌はというと、法要で仏さまに向かって礼拝するときに行う作法ですが、供養するにとどまらないということです。
坐禅をすることと同じように、合掌することで身も心も整え、煩悩の荒波を鎮めていくのであります。
何度か、禅宗のお寺をお参りしたときに、坐禅の体験をさせていただきました。
浄土宗では坐禅をしませんので、念仏をする時とは違う、新鮮な行に感じました。
他の一般の人たちと同じように、一から教わりながら坐ります。
座布団を引いて、足を組んで坐り、姿勢を整えます。
そして、深く息を吸い、体の中の空気を全部吐き出すようにして息を吐きます。
それを何度か繰り返した後は、力を抜いて自然な気持ちで坐ります。
不思議なことに、五観が研ぎ澄まされていく感覚が生まれてきました。
単なる効果音のようにしか聞こえなかった鳥の声が、はっきりと響き渡るように聞こえてきます。
お線香の香りが、いつも以上に漂って香ってきます。
呼吸をするごとに、お腹が膨らみ、またしぼんでいくのがわかります。
心臓がしずかに脈打って、全身に血液が巡らされているのがわかるような感覚がします。
気がつけば、日常の煩わしい思いは何もかも消えてしまっていました。
心を鎮めたというよりも、自然と鎮まっていたというほうが、感覚的には正しいような気がします。
普段の生活ではすることのできない、貴重な体験をさせていただきました。
6世紀のころ、中国の詩人で杜筍鶴と言う人がいました。
この人の詩に「夏日、悟空上人の院に題す」という詩があります。
三伏(さんぷく)門を閉ざして一衲(いちのう)を披す
兼ねて松竹の房廊(ぼうろう)を蔭う無し
安禅(あんぜん)は必ずしも山水を須いず
心中を滅得(めつとく)すれば火も自ずから涼し
夏の暑い日、悟空上人についてのできごとを詠んだものだそうです。
悟空上人は門を閉ざして、袈裟をきれいに身につけて坐禅をしていました。
そこは、夏の日差しをさけるための松や竹がまったくない場所であります。
坐禅をして修行にはげむには、必ずしも静かな山の中や川辺を必要とはしません。
心を滅し暑さ寒さも超越した境地にいたれば、炎のような暑さも自ずから涼しくなるのです。
特にこの詩の下の二句は、快川紹喜禅師によって有名になりました。
「風林火山」で有名な武田信玄は、恵林寺の快川禅師に帰依をして禅を学びました。
ところが、織田信長によって武田家は滅亡させられます。
このとき、快川禅師が住んでいた恵林寺も焼き討ちにあいました。
負われた禅師は弟子たちとともに三門に逃げます。
そこで弟子たちと問答を交わし、いよいよ炎が間近に迫ったそのとき、
「安禅は必ずしも山水を須いず、心中を滅得すれば火も自ずから涼し」
と詠んで、炎の中に身を沈めたといわれています。
身を焼き尽くす炎の中にありながら、
「安禅は必ずしも山水を須󠄀いず」とは、いつでもどこでも、どんな状況にあっても、坐禅ができるということです。
まるでそれは、念仏と同じであります。
念仏とは、南無阿弥陀仏と唱えることだけをいうのではありません。
阿弥陀仏は必ず私を救うと信じ、信仰することそのものを念仏といいます。
法然上人は、南無阿弥陀仏と唱えなさいと言いました。
これは、阿弥陀仏を信仰する心を行動に表したとき、いつでも、どこでも、誰でもできるのが南無阿弥陀仏と唱えることであるから、それを勧めたのであります。
また、阿弥陀仏を信仰する心から顕れる行動はすべて念仏であります。
仏さまに合掌し礼拝することも、念仏だと理解するのです。
私たち凡夫は、自分の力で煩悩を滅して浄土に往生することはできません。
しかし、そんな私を救おうと働きかけてくださるのが、阿弥陀仏であります。
自分の力ではどうすることもできない私は、阿弥陀仏にすがって合掌することが、心の安らぎになるのです。