「暑さ寒さも彼岸まで」が持つ意味とは?

「暑さ寒さも彼岸まで」といいますが、その言葉の持つ意味とは? 写真:ぱくたそ

暑さ寒さも彼岸まで

昔から「暑さ寒さも彼岸まで」といいます。

お彼岸は、春は春分の日、秋は秋分の日をそれぞれ中日としてその前後三日間、合計1週間の期間をいいます。そして、六波羅蜜という6つの修行を行い、悟りへいたるために努めましょうというのが、このお彼岸の期間です。

秋のお彼岸が来れば、夏のつらい暑さが和らぎ、春のお彼岸が来れば、冬の厳しい寒さも薄らいでいくことをあらわしたのが、「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉です。

ところがこの言葉は、単純に気候のことを顕わしただけではありません。

自分の心のこともあらわしています。

どういうことかというと、心の暑さ寒さもお彼岸までにしましょうということです。

私たちは一年を通していろいろなことを考え、たくさんのことを思いながら生活をしています。

いいことも悪いことも、楽しいことも苦しいことも、うれしいことも悲しいことも、たくさんのことを経験しながら過ごしています。

でも、いつまでも同じ感情に執着していてはいけません。

いいことがあったからといって、いつまでも浮かれていてはいけません。悪いことがあったからといって、いつまでも嘆いてはいけません。

お彼岸をご縁に気持ちを切り替えて、心機一転して明日から過ごしていきましょうというのが、この「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉に含められているのです。

苦しみは自分の心から沸き起こります。

いいことがあったとき、「もっといいことがあってほしい」「いつまでもこれが続いてほしい」と願いますが、そうするとそこに「執着」する心が生まれます。執着すると、その願いが叶わなかったときに苦しみに変わります。

悪いことがあったとき、「本当はこうじゃなかったのに」「なんで自分だけ」と悪いことにばかり目がむいて、そこから逃れたいと願います。イヤなことから逃れたいと願うのは当たり前のことですが、「逃れたい」という感情ばかり見ていると、そこには同じように「執着」する心が生まれます。執着すると、そこから苦しみが生まれます。

この苦しみから解放されるために、お彼岸くらいは修行しましょうと説いています。お彼岸は一年に二回あるので、繰り返し繰り返し、励んで努力してやり直して、そうしてよりよい人間としての人格を形成していくのです。

関連なぜお彼岸は二回あるのか?

お彼岸の期間には、お墓参りをしてご先祖様の供養をする人が多いと思います。

ご先祖様を敬い、偲んで供養することは、自分のルーツを知ることでもあります。無限に続く過去から現在までの命のつながりに気づくことが大切です。

人間は一人で生まれてくることはできません。過去に多くの人のつながりがあったからこそ、今ここに自分がいるのです。自分の力では何もできないどころか、この世に生まれてくることすらできないのです。

そこに気がついたとき、いいことがあったとしても、「おかげさま」でいいことがあったことに気づきます。悪いことがあっても、自分の心が生み出した苦しみであることに気がつきます。

「おかげさま」の心を育むことが、よい人格形成につながるのです。

自分が今ここにいる理由にしっかりと気づき、執着することのないように努めましょう。