本当の邪魔者は誰だ?
詩人の谷川俊太郎さんが、「詩めくり」として毎日ツイッターに詩を投稿しておられます。
日めくりのカレンダーをめくるように、毎日谷川さんの詩を味わうことができます。
先日、おもしろい詩が投稿されておりましたので、紹介します。
猫のうねる尻尾は邪魔だ
裏返せそうな耳は邪魔だ
どこを見てるかわからない眼も無論邪魔だ
つまるところ猫全体が邪魔だが
それとても邪魔という言葉ほど
邪魔ではない
谷川俊太郎
気づかないうちに足元に寝ころんでいるので、尻尾をふんづけたり、つまずいてこけそうになったりと、正直に言えば邪魔です。
しかし邪魔とは言いながらも、その場に必要な存在なのであります。
私の実家にも猫がいましたが、気持ちがよくわかるような気がいたします。
少し前、こんなことがありました。
掃除をすることは仏道修行の基本なのでありますが、実は私はあまり片づけをするのが得意ではありません。
机の上は散らかし放題で、読みかけの本が次から次へと積み上げられております。
本棚に戻せばいいのですが、またあとで読むからとそのままになっているのです。
そうして机の上に積めるだけ積んで、積めなくなった本は、今度は床に置くようになります。
当然、だんだんと足の踏み場がなくなってきます。
「邪魔だ、邪魔だ」と家族に言われて、ようやくそこから片付けを始めるのですが、それでも「邪魔だ」と言うので、何事かと聞いてみると、
「あんたが邪魔だ」と。
どうやら私がいることで、通り道を塞いでいるようでした。
いったい猫と私と、どっちの方が邪魔なのでしょうか・・・
「邪魔」とは、ものごとの妨げになることをいいます。
通り道の妨げになったり、何かの目標を立てたときに障害となるものであったり、そういったものを邪魔と言って排除しようとします。
この「魔」とは悪魔のことで、古代インドではマーラといい、仏道修行の妨げになるものをいいます。
人の命を奪ったり、人が何か善行を行おうとしたときに、それを妨げるのが悪魔であります。
お釈迦の前にも、幾度となくこの悪魔が現れました。
スッタニパータの中には、そのことについて書かれてあります。
悟りを開こうと菩提樹の木の下で瞑想をしていたとき、悪魔が現れてその修行を妨害に来ました。
「つとめはげむ道は、行きがたく、行いがたく、達しがたい」として、今の厳しい修行をやめて、世俗に戻り、世俗の人々と同じような善行を積めばいいのだと誘惑をします。
それに対してお釈迦様は、「怠け者の親族よ、悪しきものよ、私にはお前の教えは必要ない」と言って、悪魔を追い払うのであります。
その中で、悪魔の引き連れている軍勢の正体を突き詰めます。
汝の第一の軍隊は欲望であり、第二の軍隊は嫌悪であり、第三の軍隊は飢餓であり、第四の軍隊は妄執といわれる。汝の第五の軍隊はものうさ、睡眠であり、第六の軍隊は恐怖といわれる。汝の第七の軍隊は疑惑であり、汝の第八の軍隊はみせかけと強情と、 誤って得られた利得と名声と尊敬と名誉と、また自己をほめたたえて他人を軽蔑することである
ブッダのことば スッタニパータ (ワイド版岩波文庫) [ 中村元(インド哲学) ]
悪魔は、欲望、嫌悪、飢餓、妄執、睡眠、恐怖、疑惑、見せかけと強情、名利、自讃毀他の十の軍隊をつれており、これらによってお釈迦様を誘惑しようとしているというのです。
そして、悪魔の軍勢の正体を見破ったからには、私はそれに立ち向かい、戦おう、智慧の力で悪魔の軍勢を打ち破るのだと言うのです。
これらのお釈迦様の話を聞いて、悪魔は意気消沈し、消え失せてしまったのであります。
これはお釈迦様と悪魔との対峙の物語でありますが、実はこれは、お釈迦様の心の中の葛藤を描いたものでもあります。
真の安楽を目指し修行に打ち込む心と、心の奥底から湧き上がってくる煩悩との対峙であります。
つまり、自分を誘惑する悪魔とは、他でもない自分だったのであります。
お釈迦様は、心の中に沸き起こる欲望や嫌悪などの煩悩にみごと打ち勝ち、涅槃という安らぎの境地に達したのでありました。
われわれはどうでしょうか。
あれは邪魔だこれは邪魔だと、自分のやりたいことを妨げるものを邪魔者扱いし、排除しようとしています。
真宗大谷派の一楽真先生は、「邪魔」ということばについて
ただ、忘れてはならないのは、始めから邪魔者がこの世に存在しているのではないということだ。一つの結果だけを善しとし、都合の悪いものを遠ざけようとする心こそが、邪魔者を生み出すのである。
大谷大学教員エッセイ
として、自分の心が邪魔者を生み出しているというのです。
そしてお釈迦様は、この邪魔者を排除したのではなく、ものごとの本質をみきわめて、邪魔者を作り出していく根にある執着から解放されたのであるとしています。
邪魔者を作りだす自分勝手な心こそ、本当の邪魔者なのでありましょう。
あらためて考えさせられるのであります。